illegibility of villagescape (農村系町並みのわかりづらさ)

 

本記事の趣旨

 町並み系趣味をしていて最も一般受けしづらいと感じる、いわゆる農村系の町並みについて楽しむためには、どのような視座を必要とするのか、文化財保護法制の観点から考えてみます。
 ※ここでは農村系=平地の農村と農業主体の山村集落を指し、漁村集落は含めません。

なぜ農村系の町並みはわかりづらいのか。伝建制度からの側面

 農村的町並みの代表例として、120余りある重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建)の中で農村系として登録されている約20か所(南会津前沢、六合赤岩、相倉、菅沼、白川郷荻町、加賀東谷、白山白峰、下小田原上条、青鬼、花沢、五個荘、美山、福住、大屋大杉、大山所子、東祖谷落合、新川田篭、椎葉十根川、渡名喜島、竹富島)について考えます。これらのうち、多くの観光客がその価値を認め、わざわざ訪問するような大衆的観光地になっているのは、白川郷・五箇山の3か所と美山、竹富島ぐらいですが、前述の全ての農村系重伝建に共通するのは、その選定基準です。

 そもそも重伝建の選定は、基礎自治体が条例か都市計画で「伝統的建造物群保存地区(以下、伝建地区)」として定めた地区のうち、3つの選定基準に照らして国(文化庁)が特に価値が高いと認めたものについて行われます。

 条文上は自治体で定めたもののうちから国が選定する2段階選抜の形を取っていますが、実態としては、自治体単独で保全を行うメリットが薄く、伝建地区であって重伝建でない地区は鳥取県の板井原地区しか確認できないため、原則として自治体による伝建地区の指定は重伝建の選定を前提としていると考えられます。

 したがって、重伝建の選定基準はほぼそのまま伝建地区の指定基準としても機能しますが、その基準は以下の3つのいずれかに該当する場合とされています。

(一)伝統的建造物群が全体として意匠的に優秀なもの 
(二)伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持しているもの
(三)伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの

重要伝統的建造物群保存地区選定基準(昭和50年11月20日文部省告示第157号)

 話を戻すと、農村系の重伝建はいずれも(三)号 「伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示しているもの」による選定となっています。すなわち、「建物」だけではなく、「その周囲の環境が地域的特色を顕著に示」すような町並みであるからこそ選定されているわけで、この周囲の地域的特性と結びついた選定こそ、「農村系集落のわかりづらさ」の根源なのです。

 例えば、宿場町や在郷町であれば、その物質的な町並みストックは広域的な交通・物流によって時間をかけて蓄積されたものであり、ミクロな周辺環境(多くは田園や山林)に比べてある意味「特異点」として存在しているといえます。だからこそ、交通手段の変化に伴い町並みストックを更新し続けられるだけの中心性を喪失し、新陳代謝されることなく残っているところが多いわけですが、その町並みは周辺地域と比べ突出した富の蓄積を反映して、建築意匠や景観的に見どころのあるものとなります。

 他方、農村系集落はその存在自体が周囲の農地や山林といった一次生産の場と強く紐づいて存立したものであり、その町並みの特異性や希少性を理解するためには、周辺の環境や物質循環、風致の地域性をも包括して理解する必要があります。

 伝建の強みは、個々の建物だけを保護する有形文化財と異なり、「伝統的建造物群及びこれと一体をなしてその価値を形成している環境を保存する」ことのできる制度であることを考えると、農村系の町並みというのは、制度の趣旨を最大限応用したものといえるでしょう。

 このように、農村系の町並みは富の蓄積の建築ストックへの顕現というよりは、その地域でかつて一般的に行われていた経済活動、生産活動を反映させた建築が現代に残っていることに対する価値を見出されることから、一見してわかりづらい町並みとなっていると考えられます。

 さらにいえば、そうした特色のある建築が当時から必ずしも集落・町場の100%を占めていたわけではない点や、一戸一戸の敷地に余裕のあることから所有者による建て替え・改修・増築が行われやすい点も、現代に残っている価値のわかりづらさを増幅しているといえるでしょう。

 

なぜ農村系の町並みはわかりづらいのか。文化的景観からの側面

 景観系の界隈以外には馴染みの薄い文化財である「文化的景観」は平成16年の景観法制定と同時に、文化財保護法における最も新しい文化財のカテゴリとして追加されたもので、世界遺産条約のカテゴリにあるものを国内向けにアレンジしたものになります。前述の伝建制度があくまで「建造物群」及び一体として価値をなしている「周辺環境」を保全するための制度であったのに比べ、「古都保存法」での規定のような、より広い「風致」「景観」を保全するための制度といえるでしょう。保護法における文化的景観の定義は次のものになります。

地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの

文化財保護法第二条第1項第五号

 文化的景観についても伝建制度と同様、自治体が景観区域として一帯を指定しかつ保護措置が整ったものを国が「重要文化的景観」として選定する制度となっており、その選定基準としてされているものは以下の通りです。

一 地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された次に掲げる景観地のうち我が国民の基盤的な生活又は生業の特色を示すもので典型的なもの又は独特のもの
 (1) 水田・畑地などの農耕に関する景観地
 (2) 茅野・牧野などの採草・放牧に関する景観地
 (3) 用材林・防災林などの森林の利用に関する景観地
 (4) 養殖いかだ・海苔ひびなどの漁ろうに関する景観地
 (5) ため池・水路・港などの水の利用に関する景観地
 (6) 鉱山・採石場・工場群などの採掘・製造に関する景観地
 (7) 道・広場などの流通・往来に関する景観地
 (8) 垣根・屋敷林などの居住に関する景観地
二 前項各号に掲げるものが複合した景観地のうち我が国民の基盤的な生活又は生業の特色を示すもので典型的なもの又は独特なもの

平成17年3月28日文部科学省告示第47号

 これらの要件を見ても、本邦において文化的景観が農林漁村の集落及び周辺環境を念頭においたものであり、それは重要文化的景観第一号が「近江八幡の水郷」であることからも伺えます。

 このため、文化的景観については農村系の町並みが含まれることが多いのですが、重伝建以上に建築の集合体としての町並みについて特異性や地域性を感じ取りづらく、どちらかというと、地域全体において家々や集落及びその周辺の農地、林地、水利システム等の関係性が「オーセンティック」に旧来の伝統を維持している、ということだと思われます。

 なお、具体的には文化庁のHP(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/keikan/)に重要文化的景観の概要が載っていますが、いずれの地区も事前知識を踏まえたうえで、代表的な地点に1~2時間居たとしても、その文化的価値を理解することが難しい地区が多いです。

 こうしたことから、農村系の町並みの本質というのは、地表に顕現した不動産としての建築や外構といった景観要素ではなく、地域に伏流してきた自然環境と人間社会の関係性にあると考えています。それは一地点に噴出して特異的な景観を形成することは珍しく、地域全体に少しずつ散りばめられて景観要素として析出しているのでしょう。

 農村系の町並みを訪れる際は、他の形成要因による町並み以上に、「セントラル町並み」のみならず地域全体をつぶさに観察する必要があるといえます。

余談・文化的景観の農林漁村以外のカテゴリについて

  文化的景観には、農村系だけでなく、選定基準 一の(6)~(8)でカバーされる採掘・製造、流通・往来及び居住に関連する文化的景観もあり、これの調査にあたっては大類型として「計画的都市・居住空間」「街区・界隈・場」「産業集積地域」「ネットワーク景観」「複合景観」があり、実際に重要文化的景観に登録されているのは最上川流域の町場(左沢・長井)、葛飾柴又、佐渡西三川・相川、金沢、岐阜、宇治、京都岡崎、生野、岩国、小鹿田、別府、北大東島ぐらいなのですが、先述した文化庁HPに掲載されている調査報告書には、都市計画遺産を含めて様々な調査対象が記載されており、伝建調査と同様に見応えあるリストとなっています。

コメントを残す